1889年にカナダで生まれ、二世第一号とされるカンジ・オオヤ(中央)、父のワシジ、1890年に生まれた弟次郎(写真提供:オオヤ夫人、ロンドン)
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1892年、バンクーバーのヘイスティングス製材所。左から二番目が、日本人として初めて雇われた男性とされます。同製材所はパウエル街の近くにあり、日本人労働者を多く雇っていました。(写真提供:バンクーバー公立図書館)
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1900年代初頭、BC州ニュー・ウエストミンスター近くの伐採現場(写真:日系文化会館)
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「漕ぎ手」を必要とした初期のサケ漁舟(写真:バンクーバー公立図書館)
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BC州カンバーランド市にあった炭坑の日系人労働者。1922年の爆破自己で死亡した人たちもいました。(写真提供:タツミ・イワサ BC州バンクーバー市)
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クイーンシャーロット島のローズ・ハーバーにあった鯨加工場でも多くの日本人が働いていました。(写真提供:バンクーバーBC大学公文書館)
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BC州バンクーバー島にあったイーグルウッド製材所で働く日系人労働者。後に、労働争議に巻き込まれて多くの日本人が馘首されました。(写真手帰郷:チャールス・カドタ、バンクーバー)
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1916年、ロイストン木材会社がある日系人に買い取られました。同社は、1942年の強制移動まで製材、森林伐採を行っていました。(写真提供:上西功一、BC州カムループス)
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スティーブストンでの野菜栽培と販売(写真:国立博物館)
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