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第二次世界大戦中の体験 - 砂糖大根農場

アルバータ州南部やマニトバ州の砂糖大根農場では労働力が不足していました。そこで、農場主と政府の間で交渉がまとまり、日系人を家族単位で労働者として受け入れることになりました。約4千人の収容者が農場行きを選びましたが、行ってみると労働は過酷で生活環境は劣悪でした。

日系人を募集する砂糖大根農場の広告(写真提供:ヘザーロバートソン氏、マニトバ州甜菜農場主)



アルバータ州南部の砂糖大根農場では、働ける者は老若男女を問わず全員長時間働きました。多くは畑仕事には不慣れでした。(写真提供:Kサムニシヤマ、トロント)



大戸家、三木家、早川家はBC州ヘネーからサンアガテという小さなフランス系カナダ人の町に移り住み、砂糖大根農場で働きました。(写真提供:シズコミキ)



サンアガテの砂糖大根労働者の住居。三家族が四部屋を共有して共同生活を営みました。




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